僕たちは、未練を引きずりながら強くなる

quiet barエッセイ
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そして、空と翼に恋をする

でもな~、やっぱな~、なんであかんかったんかな~」

急ピッチでビールに手を伸ばしながら彼は語る。
彼女に振られたとのことで、久しぶりなサシでの飲みはいつの間にか一方的な愚痴大会へと化していた。

ズルズル引きずってないで早く次にいけよ、と出てきそうになる言葉はビールとともに流し込む。次はもうちょっと強い酒か、お高めなお酒が飲みたくなってきた。

「こっちはまだこんなに好きなのによ~…」

出会いも何もないこちらにそこまで愚痴られたところでなぁ、という言葉は何とか残っていたジョッキとともに飲み干した。
次に頼んだハイボール、意外と提供が早い。早速一口。心なしかビールよりも炭酸の口当たりが強い。おいしい。

相手はまだ愚痴り続けている。片耳くらいしか傾けていないが、どうやら自分のどこが悪かったのかを回想しているようだった。
こいつは昔からかなり恋愛事は引きずるタイプなのだ。それが別れの原因になったこともある筋金入りだ。

ただ、彼の気持ちもわからなくもない。

相手のことをもっと知りたいと思って、もっと過ごす時間を増やしたいと思って、そしてその時間をもっと楽しくしたいと思って。楽しいことも辛いことも一緒に乗り越えたいと思って。でもなぜかどこかで波長が合わなくなって何かが途切れてしまう。

誰かと付き合う前は、服にもこだわりはなかったし、音楽も聞かなかったし、外食なんかにも興味は全くなかった。そんな僕がいつの間にか、チェックシャツ以外の服もきるようになったし、iPhoneにはバンプの曲が最新曲を入れるようになったし、どこかに行けば周りに日本酒が美味しい店がないかを探すようになった。

僕だって、なんだかんだ引きずるものは引きずっている。

「なぁ、せやろ?」
急に話が自分に振られて我に返る。
「まぁね、でもさぁ…」

なんてテキトーに相槌を打って流してみると、どうやら相手は満足してくれたようで、また愚痴を続け始めた。

気づけば自分のハイボールはすでになくなっていた。
自分もなんだかペースが速い。
次は少し濃いものをゆっくり飲もう。
そう思ってウィスキーをロックで頼んでみる。
せっかく酒を飲みに来たんだ。おいしいものを飲んで帰ろう。

今、自分の人生において大切なものを3つ挙げるとするならば何を挙げるだろう?
僕の場合は飛行機、本、酒。
この3つなくしてどうやって生きていけるだろうかと今では思うくらいだ。

でもそもそも、思い返せばノンフィクションばっかり読んでいて自分が小説を好きになったのは、当時の彼女が
「これ絶対好きだよー!だまされたと思って読んでみなー!」
って満面の笑顔で言いながら図書館戦争を貸してくれたときだっけ。
そういえば、ビールと日本酒にしか興味がなかった自分にウィスキーとワインのおいしさを教えてくれたのも、当時の彼女だった。

なんだかんだ、今の自分は今まで好きだった女性によって作られている。

あまり聞こえのいい表現ではないかもしれないけれど、実際にそうなのだから仕方がない。
僕自身も、なんだかんだそうやって作り上げられた今の自分のことはそんなに嫌いじゃない。
今思い返せば全く面白くもない僕の人生に、徐々に徐々に自分の中に彩りを与えて付けてくれたのは、間違いなく僕が惚れることを許してくれた女性たちだった。

僕の人生は、今まで出会った女性たちに変えてもらった。

僕らはたぶん、多かれ少なかれ、今まで自分が惚れた女によってできている。そしてそれは捨てられるものではなく、たぶん、その都度体に染み付いて行き続けるものなのだと思う。

「まぁでも、出会いがないおまえに言うてもしゃーないか!!」
久々に耳に飛び込んできた彼の声は若干ながら涙がかっていた。
まさしくその通りなのだが、いざズバッと言われると癪に障らないこともない。
ふと見ると、いつの間にか彼は自分のグラスの氷をカラカラと指でかき回しながら、座っているカウンターに突っ伏していた。
これは長引きそうだ…と思いながらコップを少し傾ける。
いい塩梅に氷が解けてきた。

最後に彼女と別れたとき、自分でも驚くほど研究に没頭した。
おそらくそれが心に平穏をもたらすための、当時の自分にとっては唯一の方法だったのだ。
自分の頭をフル回転させながら体も動かし、心も体も限界に追い込んでいく。そんなことをしながら、必死に辛い気持ちを抑えていたのだと思う。

ただ、その分野の研究が思いのほか自分にはまった。そして何より面白かった。自分が新しいことを見つけ出し、それを世の中に発表するということを、ありがたいことに早い段階で経験することができた。
その分野に魅了され、周りの人たちに魅了された。そして研究自体にも魅了された。
僕は、新たに研究に恋をしたのだ。

ただ、そんないい流れがぽっと出の学生にずっと続くはずもない。
やはり挫折を味わい、全く研究の成果が出ない期間を過ごした。
そんな間は、今までの研究で出した結果のうち、発表していないところを切り崩して学会で発表することにより食いつないでいた。
ただ、学会に参加する機会が増えていくことで徐々に立ち振る舞い方も掴めはじめ、少しずつ学会そのものは楽しめるようになってきた。

そこで出会ったのが、何を隠そう、飛行機だった。
いつも向かう大学ではなく、空港に向かう。
普段は聞かない音や景色に囲まれながら、自分が五感でその体験を楽しんでいるのが感じ取れた。
そう、僕は空と翼に恋をしたのだ。
そのあとの僕がどうなったのかはみなさんよくご存じの通りです(笑)

カウンターに突っ伏した彼は、そのままおやすみモードに入ってしまった。
話し疲れて酒もまわってしまったのだろう。
ふと時計を見る。まだ22時にもなっていない。
まぁ酒癖もそこまで悪くないから、少し寝かせて帰るときに起こしてやろう。

どう表に出すかは違えど、僕らは過去を引きずりながら前に進んでいく。
未練タラタラなんのその。
これで最後の一杯、と自分の中で決め、赤ワインをグラスで頼んだ。
次に僕の心をトキメかせてくれるの出会いはなんだろう?
出てきたグラスを軽く持ち上げ、1人で乾杯する。

未来のこの若者2人に幸あれ!

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